労災と傷病手当金はどっちを使う?仕事が原因の不調で損しない選び方
働けなくなったとき、使える制度は1つではありません。そしてどちらを使うかで、受け取れる金額が大きく変わります。
ざっくり言えば、
- 仕事が原因 → 労災保険
- 仕事以外が原因 → 健康保険の傷病手当金
問題は、「仕事が原因かどうか」がはっきりしない場面が多いことです。とくにパワハラや過重労働による心の不調は、判断が分かれます。
この記事で、違いと選び方を整理します。
この記事は2026年8月時点の一般的な情報です。労災の認定は労働基準監督署が個別に判断します。診断や治療方針は主治医に、認定については労働基準監督署にご相談ください。
使い分けの原則

判断の軸は「業務が原因か」の1点です。
| 労災保険(休業補償給付など) | 健康保険の傷病手当金 | |
|---|---|---|
| 対象 | 業務上または通勤による病気・けが | 業務外の病気・けが |
| 保険料の負担 | 全額事業主(労働者の負担なし) | 労使で負担 |
| 治療費 | 原則、自己負担なし | 3割などの自己負担あり |
| 休業中の給付 | 休業4日目から(後述) | 待期3日の後、4日目から |
| 判断する人 | 労働基準監督署 | 健康保険の保険者 |
両方を同時には受け取れません
同じ傷病について、労災の休業補償と健康保険の傷病手当金を重ねて受け取ることはできません。まず、どちらに当たるかを見極める必要があります。
迷ったら、まず労災を検討する
理由は単純で、労災のほうが有利だからです。
- 治療費の自己負担が原則ありません
- 休業中の補償の水準も、傷病手当金より手厚くなるのが一般的です
- 保険料は全額事業主負担なので、労働者が「使う資格がない」ということはありません
「会社に迷惑がかかるから」と労災の申請をためらう人がいますが、労災保険は労働者のための制度です。
金額と期間の違い

労災(休業補償給付など)
- 休業が4日目以降の日について支給されます
- 給付基礎日額の60%にあたる休業補償給付に加え、20%の休業特別支給金が支給されるのが基本形です(合わせて8割相当)
- 業務災害では、休業の初日から3日目までが待期期間となり、この間は事業主が原則として平均賃金の60%以上の「休業補償」を行います(労基法26条の「休業手当」とは別のものです)。通勤災害には、事業主のこの休業補償義務はありません。なお待期の3日は連続している必要はなく、要件を満たす休業日を通算します
- 治療費は原則として自己負担がありません
- 支給期間に固定の上限はなく、療養して働けない状態が続く限り支給され得ます(一定期間経過後に傷病補償年金へ移行する場合があります)
健康保険の傷病手当金
- 連続する3日の待期の後、4日目から支給されます
- 支給額は、おおむね標準報酬日額の3分の2です
- 支給開始日から通算1年6か月が上限です
- 治療費には自己負担があります
差はどのくらいか
同じ休業でも、労災なら8割相当+治療費の自己負担なし、傷病手当金なら3分の2+治療費の自己負担あり。長期になるほど差は開きます。
傷病手当金の詳細は傷病手当金の完全ガイド、金額の計算は傷病手当金はいくら?にまとめています。
精神障害の労災認定

うつ病や適応障害が仕事によるものとして労災認定されることがあります。ただし、認定にはハードルがあります。
認定の枠組み
厚生労働省の認定基準では、おおむね次の3点を満たすかどうかで判断されます。
- 対象となる精神障害を発病していること
- 発病前のおおむね6か月の間に、業務による強い心理的負荷が認められること
- 業務以外の心理的負荷や個体側の要因によって発病したとは認められないこと
「強い心理的負荷」の例
認定基準では、出来事の類型ごとに心理的負荷の強度が評価されます。代表的なものとして、
- 極度の長時間労働
- 上司等からのパワーハラスメント
- セクシュアルハラスメント
- 顧客や取引先からの著しい迷惑行為(いわゆるカスタマーハラスメント)
- 重大な事故や災害の体験・目撃
- 退職を強要された
などが挙げられます。認定基準は改正されることがあるため、最新の基準は労働基準監督署で確認してください。
申請の現実
- 認定には時間がかかります(数か月に及ぶことも珍しくありません)
- 証拠が重要です。勤怠記録、業務メール、日記、通院記録、社内相談の記録など
- 会社が協力的でないこともありますが、会社の承諾がなくても労働者本人が申請できます
調査中の生活費をどうするか
労災の認定には時間がかかります。その間、無収入で待つわけにはいきません。
業務上か業務外かが未確定の段階でも、傷病手当金が支給されることがあります。 ただし、後から労災と認定された場合、同一期間の給付について返還・精算が必要になります。
だからこそ、自己判断で二重に受給しないことが重要です。労働基準監督署と、加入している健康保険の保険者の双方に早めに相談し、指示を受けながら進めてください。
「不支給決定が出てから傷病手当金を申請する」という一方向だけではない、という点を押さえておいてください。
心の不調で退職する場合の失業保険の扱いはうつ病・適応障害で退職したときの失業保険を参照してください。
申請の進め方

労災の申請
- 医療機関を受診する(労災である旨を伝える。労災指定医療機関だと手続きが簡単です)
- 請求書を作成する(様式は厚生労働省・労働基準監督署のサイトで入手できます)
- 事業主の証明を受ける(求めるのが原則ですが、協力を得られない場合でも申請できます)
- 労働基準監督署に提出する
- 調査を経て、支給・不支給が決定されます
押さえておきたい点
- 申請するのは労働者本人です。会社が代行することもありますが、会社の許可は要りません
- 「会社が労災扱いにしてくれない」という場合も、本人から直接、労働基準監督署に申請できます
- 時効があります(給付の種類によって異なります)。心当たりがあれば早めに相談してください
傷病手当金の申請
こちらは加入している健康保険(協会けんぽ、健康保険組合など)に申請します。医師の意見と事業主の証明が必要です。手続きの詳細は傷病手当金の申請方法にまとめています。
退職後はどうなるか
- 労災:療養が続いていれば、退職後も給付は続きます。退職を理由に打ち切られることはありません
- 傷病手当金:一定の要件を満たせば、退職後も継続給付を受けられます(退職後も傷病手当金はもらえる?)
労災を使うときの誤解

「会社に迷惑がかかる」
労災保険の保険料は全額が事業主負担で、労働者が申請することは制度上まったく問題ありません。会社が保険料率の変動を気にすることはありますが、それは労働者が我慢する理由になりません。
「会社が認めてくれないと申請できない」
できます。事業主の証明を求めるのが原則ですが、協力が得られない場合は、その旨を記載して申請できます。判断するのは会社ではなく、労働基準監督署です。
「辞めたら申請できない」
できます。退職後でも申請できますし、受給中に退職しても給付は続きます。労災の給付を受けることを理由に解雇することは、法律上制限されています(療養のための休業期間とその後30日間の解雇制限があります)。
「軽いけがだから」
治療費の自己負担がなくなるだけでも意味があります。通勤中のけが(通勤災害)も対象です。
「パワハラは労災にならない」
なり得ます。認定基準にも、上司等からのパワーハラスメントが心理的負荷の評価対象として挙げられています。証拠を残すことが重要です(ハラスメント退職の証拠の集め方)。
よくある質問

労災と傷病手当金、両方もらえますか?
同じ傷病の同じ期間について重ねて受け取ることはできません。業務上か業務外かが未確定の段階で傷病手当金が支給されることはありますが、後に労災認定されれば返還・精算が必要になります。自己判断で二重受給せず、監督署と保険者の双方に相談してください。
会社が労災を申請してくれません。
本人から労働基準監督署に申請できます。事業主の証明が得られない場合も、その旨を記載して申請可能です。まず監督署に相談してください。
通勤中のけがも労災ですか?
通勤災害として対象になり得ます。ただし、合理的な経路や方法を逸脱・中断していた場合は対象外になることがあります。
パワハラでうつ病になりました。労災になりますか?
認定基準に該当すれば対象になり得ます。発病前おおむね6か月の業務による心理的負荷が評価されるため、勤怠記録やメールなどの証拠が重要です。
労災の認定にはどのくらいかかりますか?
事案によりますが、精神障害の事案では数か月に及ぶこともあります。その間の生活費については、労働基準監督署と健康保険の保険者の双方に相談してください。後の精算が必要になる場合があるため、自己判断で動かないことが大切です。
退職した後でも労災を申請できますか?
できます。退職を理由に受給できなくなることはありません。ただし給付の種類ごとに時効があるため、早めに相談してください。
まとめ
- 判断の軸は「業務が原因か」の1点。仕事が原因なら労災、そうでなければ傷病手当金
- 労災のほうが有利(治療費の自己負担が原則なし、休業補償給付は給付基礎日額の60%+休業特別支給金20%)。業務災害の待期3日は事業主が平均賃金の60%以上を休業補償する
- 傷病手当金は標準報酬日額の3分の2・支給開始から通算1年6か月が上限
- 精神障害も労災になり得る。発病前おおむね6か月の業務による強い心理的負荷が評価される
- 会社の承諾がなくても、本人から労働基準監督署に申請できる
- 退職後も労災の給付は続く。療養中の解雇には制限がある
「仕事のせいかもしれない」と少しでも思うなら、まず労働基準監督署に相談してください。使えるものを使わずに我慢する理由はありません。
※本記事は2026年8月時点の一般的な情報です。労災の認定は労働基準監督署が個別に判断します。認定基準は改正されることがあるため、最新の内容は労働基準監督署にご確認ください。

